宋教仁とは?
そうきょうじん
宋教仁とは、中国の革命家・政治家で、中華民国初期に議会制民主主義の確立を目指した国民党の中心人物です。
宋教仁(ソン・ジャオレン、1882〜1913年)は、清末から中華民国初期にかけて活躍した革命家・政治家です。湖南省桃源県の生まれで、日本への留学経験を持ち、孫文らと革命活動を共にしました。
1905年に中国同盟会が結成されると、その主要メンバーとして活動しました。1912年の辛亥革命後、中華民国が成立すると国民党の組織化に尽力し、議会制民主主義の実現を強く訴えました。特に責任内閣制の導入を主張し、強力な大統領権力を志向していた袁世凱と対立しました。
1913年の国会議員選挙では国民党が第一党となり、宋教仁は首相就任が有力視されましたが、同年3月に上海で暗殺されました。享年31歳という若さでした。暗殺の黒幕については袁世凱の関与を疑う説が有力ですが、現在も論争が続いています。
宋教仁の死は、中国における議会制民主主義の試みが挫折する大きな転換点となりました。その政治的遺産は、近代中国における立憲主義・政党政治の先駆けとして高く評価されています。
使い方・例文
「宋教仁暗殺事件は、中華民国初期の民主主義定着への道を閉ざした」という形で、近代中国史の授業や解説書に登場します。
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