坂田昌一とは?
さかたしょういち
坂田昌一は、日本を代表する理論物理学者で、素粒子の複合モデルを提唱し、クォーク模型の先駆けとなる「坂田模型」を生み出した人物です。
坂田昌一(さかた しょういち、1911〜1970年)は、東京生まれの理論物理学者で、名古屋大学を拠点に活躍しました。湯川秀樹とともに日本の素粒子物理学を牽引した世代に属し、理論と哲学を結びつけた独自の研究姿勢で知られています。
坂田の最大の業績は、1956年に提唱した「坂田模型」です。当時すでに知られていた陽子・中性子・ラムダ粒子の三種類をより基本的な粒子(「基本粒子」)とみなし、他のハドロンはこれらの複合体として説明できるという大胆な仮説でした。この発想は後の「クォーク模型」(ゲルマンとツワイクによる1964年)の先駆けと評価されており、クォーク3種をプロトン・ニュートロン・ストレンジの三つに対応させるアイデアは坂田模型の発展とも見なせます。
坂田はまた、日本における研究の民主化・集団研究の推進にも力を注ぎました。名古屋大学での研究グループは「名古屋グループ」として独自の学風を形成し、素粒子の理論研究における集団的・討論的な方法論を体現しました。
マルクス主義的な弁証法を自然科学の方法論に結びつける姿勢も注目されており、「素粒子には無限の奥行きがある」という哲学的立場(素粒子の無限階層性)を主張し続けました。1970年に急逝しましたが、その業績と思想は今も日本の物理学史に輝いています。
使い方・例文
素粒子物理学の教科書でクォーク以前のハドロン模型の歴史を解説するとき、坂田昌一と「坂田模型」は必ず登場するトピックです。
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