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湯川秀樹とは?

ゆかわひでき

湯川秀樹は、中間子理論を提唱して核力の仕組みを説明し、日本人初のノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者です。

湯川秀樹(ゆかわ ひでき、1907〜1981年)は、日本の理論物理学者で、1949年に日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞しました。核力(原子核内で陽子中性子を結びつける力)を媒介する新粒子「中間子」の存在を理論的に予言したことが受賞理由です。

1935年に発表された中間子理論は、核力の射程から媒介粒子(中間子)の質量を予言するというものです。当初は仮説にすぎませんでしたが、1947年にセシル・パウエルらがパイ中間子(π中間子)を発見したことで湯川の予言が実証され、世界の物理学界に衝撃を与えました。

湯川の業績と影響は以下の通りです。

  • 中間子理論の提唱(1935年)と素粒子物理学の発展への貢献
  • 京都大学・大阪大学・コロンビア大学などでの研究と教育
  • 日本の基礎科学振興と若手研究者育成への尽力
  • 核廃絶・平和運動への積極的参加(パグウォッシュ会議など)

湯川の受賞は、第二次世界大戦後の日本に科学的自信と希望をもたらしたという点でも歴史的意義が大きく、日本の科学振興の象徴的存在となりました。その名は素粒子物理学の教科書に必ず登場し、後継の日本人物理学者たちに大きな影響を与え続けています。

使い方・例文

「湯川秀樹のノーベル賞受賞は、戦後日本の科学界に大きな自信を与え、以降の日本人受賞者ラッシュへの道を開いた」というように、日本の科学史を語る場面で必ず登場します。

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