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哲学的ゾンビとは?

てつがくてきぞんび

哲学的ゾンビとは、外見や行動は通常の人間と区別がつかないが、内側に意識(クオリア)を持たない存在を想定した、心の哲学上の思考実験です。

哲学的ゾンビ(philosophical zombie、p-zombie)とは、心の哲学において用いられる思考実験上の概念です。外部から観察できる身体的・行動的特徴はすべて普通の人間と同一でありながら、内的な主観的経験(クオリア)をまったく持たない存在を指します。

この概念を体系的に論じたのは哲学者デイヴィッド・チャーマーズです。彼は1995年前後の論文と著作『意識する心』の中で、哲学的ゾンビは論理的に矛盾なく想定可能だと主張し、そこから「物理的な事実がすべて確定しても主観的経験の事実は確定しない」という「意識のハード問題」を提示しました。

哲学的ゾンビ議論が示唆することは次の通りです。

  • 物理主義(すべては物質・機能で説明できる)では意識を完全には説明できないかもしれない
  • クオリア(赤を見たときの「赤さ」など)は機能的説明を超えた何かを含む可能性がある
  • 人工知能が行動的に人間と区別できなくても、意識を持つとは言い切れない

一方、哲学的ゾンビの想定可能性自体を否定する立場(丹尼尔・デネットら)は、クオリアは機能的に説明可能であり、哲学的ゾンビを想定できると思うのは概念上の混乱だと反論します。意識の本質をめぐる現代哲学・認知科学・AI倫理の議論で頻繁に参照される概念です。

使い方・例文

「そのロボットは痛みを訴える行動を示すが、本当に痛みを感じているのか、それとも哲学的ゾンビのように内的経験なく痛みの言動を出力しているだけなのか」という問いが、哲学的ゾンビ概念の典型的な使われ方です。

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