呉起とは?
ごき
呉起は中国の戦国時代に活躍した名将・兵法家で、魏・楚の両国に仕えて軍制改革と戦略で功績を上げ、孫子と並ぶ兵法の大家として知られる人物です。
呉起(ごき、前440年頃〜前381年)は中国戦国時代の将軍・政治家・兵法家で、魯・魏・楚の三国に仕えてそれぞれの場所で卓越した実績を残しました。兵法書『呉子』の著者とされており、孫子と並んで「孫呉」と称される中国古代を代表する兵法の大家です。
魏に仕えた時代には文侯・武侯のもとで西河(現在の陝西省東部)を守備し、秦の侵攻を幾度も退けました。当時の魏軍は呉起の訓練によって強化され、厳格な規律と実力主義に基づく「武卒」制度が整えられたと伝えられています。
その後楚に移って悼王に重用され、宰相として大規模な内政改革(呉起の変法)を断行しました。貴族の特権を削減し官僚制を整備するとともに南方への軍事的拡張を成功させましたが、この改革は既得権益を持つ貴族層の強い反発を招きました。悼王の死とともに貴族らの反乱によって呉起は殺害されました。
『呉子』は戦略・戦術だけでなく政治や人心掌握についても論じており、後世の兵法・政治思想に大きな影響を与えました。
使い方・例文
中国の兵法や戦国時代史の解説で孫子とともに名前が挙がり、軍制改革を行った政治家としての側面でも言及されることがあります。
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