光武帝とは?
こうぶてい
光武帝は、新末の混乱を収拾して後漢を建国し、儒教に基づく安定した統治を実現した中国の皇帝です。
光武帝(こうぶてい、前5年〜57年)は、中国後漢の初代皇帝で、姓名は劉秀(りゅうしゅう)、廟号は世祖(せいそ)です。前漢の皇族の血を引く家系に生まれましたが、王莽が建てた新(しん)王朝の支配下では農民的な生活を送っていたとされています。
王莽の政治が行き詰まり各地で反乱が起きると(赤眉の乱など)、劉秀は兄らとともに挙兵しました。兄の死後も軍事的才能と巧みな人心掌握で勢力を拡大し、23年に長安を陥落させた更始帝の政権から独立して、25年に皇帝を称して後漢を建国しました。首都を洛陽(らくよう)に定め、「建武の中興」と称される安定期を実現しました。
光武帝の治世の特徴は、長年の戦乱で疲弊した社会の再建に向けた現実的な政策にあります。軍縮・減税・豪族との協調・奴婢解放の推奨など、社会安定を優先する施策を展開しました。また儒教を国家の基盤として重視し、太学を再興して学問を奨励しました。在位33年間にわたる安定した統治によって後漢の礎を築き、中国史上の名君の一人として数えられています。
使い方・例文
「光武帝は中国史の授業で、乱世を収拾して新王朝を建てた英雄的皇帝の典型例として紹介されます。」
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