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中上川彦次郎とは?

なかみがわひこじろう

中上川彦次郎とは、明治時代の実業家・ジャーナリストで、三井財閥の再建を主導し近代的な企業経営を日本に根付かせた人物です。

中上川彦次郎(なかみがわ ひこじろう、1854〜1901年)は、明治時代の実業家・ジャーナリストです。福澤諭吉の甥にあたり、慶應義塾で学んだ後、イギリスへ留学して西洋の実業・経済の最前線に触れました。

帰国後は新聞記者・主筆として活躍し、政治・経済論壇で名を馳せましたが、1891年(明治24年)に三井銀行に入行したことで経営者としての才能が一気に開花します。当時の三井は旧弊な商慣行にとらわれており経営が停滞していました。中上川はこれを近代的な株式会社制度・経営合理化の観点から徹底改革し、三井銀行・三井物産・王子製紙・鐘淵紡績など多くの事業会社の近代化を推進しました。

彼の経営手法は短期間で成果を出す一方、社内外の抵抗も大きく、功罪相半ばする評価もありますが、三井財閥が明治後期から大正・昭和に向けて近代的コンツェルンへ発展する礎を築いた点は広く認められています。

46歳という若さで急逝したため志半ばで終わりましたが、渋沢栄一・岩崎弥太郎と並ぶ明治の実業界を代表する人物として歴史に名を留めています。

使い方・例文

明治の財閥史や三井の歴史を学ぶ文脈で登場します。近代日本の経営改革を語る際に必ず参照される人物です。

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