世界恐慌後の保護貿易主義とは?
せかいきょうこうごのほごぼうえきしゅぎ
世界恐慌後の保護貿易主義とは、1929年の世界恐慌を契機に各国が自国産業を守るために高関税や輸入制限を設けた経済政策の潮流のことです。
世界恐慌後の保護貿易主義とは、1929年に始まった世界恐慌を背景として、1930年代に欧米を中心に広がった自国産業保護を優先する通商政策の流れを指します。需要の急減と失業者の激増に直面した各国政府は、外国からの輸入品を規制することで国内産業と雇用を守ろうとしました。
この動きの象徴的な出来事として、1930年にアメリカが制定したスムート=ホーリー関税法が挙げられます。同法は輸入品の平均関税率を大幅に引き上げるものでしたが、これに対抗して諸外国も報復関税を相次いで導入した結果、世界貿易は急速に縮小しました。イギリスはスターリング・ブロック、フランスはフラン・ブロックなど、各国が自国通貨圏(ブロック経済)を形成して域内貿易を優先し、域外との取引を制限するようになりました。
こうした保護貿易・ブロック経済化の進展は、国際経済の分断を招き、特に原材料や市場を海外に依存していた日本・ドイツ・イタリアなどの国々を経済的に追い詰める一因となったと指摘されています。この苦い歴史的経験は、第二次世界大戦後の国際経済秩序(IMF・GATT体制)が自由貿易を基本原則として設計された背景の一つとなっています。現代においても貿易摩擦が深刻化する局面では、当時の保護貿易主義が繰り返し参照されます。
使い方・例文
経済史や国際経済学の文脈で、「1930年代の教訓」として言及されることが多い概念です。貿易摩擦や関税政策が議論される際に、世界恐慌後の保護貿易主義がいかに国際経済を悪化させたかが対比的に語られます。
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