本文へスキップ

世界内存在とは?

せかいないそんざい

世界内存在とは、マルティン・ハイデガーが提唱した概念で、人間は世界から切り離された主観ではなく、つねにすでに世界の中に投げ込まれて存在しているという考え方です。

世界内存在(In-der-Welt-sein)は、ドイツ哲学マルティン・ハイデガーが主著『存在と時間』(1927年)において展開した現存在(Dasein)の根本構造を示す概念です。伝統的な哲学では「主観(意識)が客観(世界)を認識する」という図式が前提とされてきましたが、ハイデガーはこの二項対立を根本から問い直しました。

ハイデガーによれば、人間存在(現存在)は世界と無関係に孤立した主観として存在するのではなく、つねに「すでに世界の中に」ある存在です。「世界内存在」の概念は以下の三つの契機から成り立ちます。

  • 世界(Welt):道具的連関・意味の文脈として開かれた場
  • 内(in):空間的な位置関係ではなく、世界への「住まい」「慣れ親しみ」の関係
  • 存在(Sein):現存在が世界に関与しながらあること

日常において人間はまず道具を「使う」こと(用在的存在/道具存在)を通じて世界に関わっており、理論的な認識はこの実践的な関わりの派生とハイデガーは考えました。世界内存在は「被投性(すでにある状況に投げ込まれていること)」「企投(可能性へと自らを投げかけること)」「頽落(日常的な世間へ埋没すること)」という構造と密接に結びついています。

この概念は現代の現象学・解釈学・実存主義哲学に深い影響を与え、認知科学や人工知能研究においても「身体化された認知」論の文脈で参照されることがあります。

使い方・例文

哲学の講義や論文で「世界内存在」が登場する場合、「人間はまず世界の中に実践的に関わる存在であり、純粋な傍観者としての主観ではない」というハイデガーの主張の文脈で用いられます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語