ヤセル・アラファトとは?
やせるあらふぁと
ヤセル・アラファトとは、パレスチナ解放機構(PLO)の議長を長年務め、パレスチナ自治政府初代大統領となったパレスチナの政治指導者です。
ヤセル・アラファト(1929〜2004年)は、パレスチナ民族運動を代表する政治家・指導者であり、20世紀の中東政治において最も影響力のある人物の一人です。
エジプトのカイロで生まれ、カイロ大学で土木工学を学んだ後、パレスチナ人の権利回復を掲げる政治活動に身を投じました。1950年代末にはファタハ(パレスチナ民族解放運動)を創設し、武装闘争を含むさまざまな手段でパレスチナ独立を追求しました。1969年にはパレスチナ解放機構(PLO)の議長に就任し、以後35年にわたりパレスチナ民族運動の顔として国際舞台に立ち続けました。
1990年代に入ると、イスラエルとの直接交渉路線に転換し、1993年のオスロ合意締結に大きく貢献しました。この歴史的な和平交渉の成果が評価され、1994年にはイスラエルのイツハク・ラビン首相、シモン・ペレス外相とともにノーベル平和賞を共同受賞しました。
1996年にはパレスチナ自治政府の初代大統領に選出され、ヨルダン川西岸地区のラマッラーに拠点を置きました。しかし和平交渉は度重なる挫折を繰り返し、2000年のキャンプデービッド会談失敗後に勃発した第二次インティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)の中、イスラエルとの対立は再び深刻化しました。2004年に病死し、その死因をめぐっては毒殺説も浮上するなど今なお議論が続いています。
アラファトは独立国家樹立という悲願を達成できないまま世を去りましたが、パレスチナ民族自決運動の象徴として世界に広くその名を知られています。
使い方・例文
国際ニュースや歴史の授業で「パレスチナ問題」「オスロ合意」「ノーベル平和賞」について学ぶ際に、ヤセル・アラファトの名前が必ず登場します。
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