本文へスキップ

ホスロー2世とは?

ほすろーにせい

ホスロー2世とは、ササン朝ペルシア皇帝であり、帝国の最盛期を築くとともに東ローマ帝国との長期戦争で知られる君主です。

ホスロー2世(在位590〜628年)は、ササン朝ペルシア皇帝シャーハンシャー)であり、「アパルウェーズ(勝利者)」という称号で呼ばれました。父ホルミズド4世が貴族に殺害されたのちに即位し、初期には東ローマ帝国皇帝マウリキウスの支援を受けて権力を確立しました。

その治世は帝国の最盛期を象徴しており領土拡大において顕著な成果を挙げました。東ローマ帝国のフォカスが即位すると、旧恩あるマウリキウスの仇討ちを名目に大規模な遠征を開始し、シリア・エジプト・アナトリアにまで版図を拡大、一時はエルサレムを占領してキリスト教の聖遺物「真の十字架」を獲得したとも伝えられています。

しかし東ローマ帝国のヘラクレイオス帝の反撃により戦況は一変し、ペルシア軍は敗退を重ねました。国内でも重税や長期戦争への不満が高まり、628年にクーデターが起きてホスロー2世は廃位・処刑されました。その死後まもなくササン朝は急速に衰退し、7世紀半ばにはアラブ・イスラーム勢力によって滅亡します。ホスロー2世の治世は、ササン朝の栄光と崩壊の分岐点として歴史的に重要な位置を占めています。

使い方・例文

歴史の教科書や中東・イランの古代史を扱う文脈で、ビザンツ帝国との攻防やゾロアスター教文化の絶頂期を語る際にホスロー2世の名が登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語