フィリップ・ルクレールとは?
ふぃりっぷるくれーる
フィリップ・ルクレールは、自由フランス軍の将軍として北アフリカからパリ解放まで活躍し、フランス国民に希望を与え続けた英雄的指揮官です。
フィリップ・ルクレール(Philippe Leclerc、本名フィリップ・フランソワ・マリー・ド・オートクロック、1902〜1947年)は、フランスの将軍で、第二次世界大戦において自由フランス軍を代表する英雄的人物です。
ピカルディ地方の貴族家庭に生まれ、サン=シール陸軍士官学校を卒業後、将校として植民地など各地に赴任しました。1940年のフランス陥落後、ヴィシー政権への協力を拒否してロンドンに渡り、ド・ゴール将軍の自由フランス軍に加わりました。
1940年から1942年にかけて、赤道アフリカのフランス植民地(チャドなど)を自由フランス側に取り込む工作に成功し、砂漠を縦断してリビアのフェザンを占領する奇襲作戦(フェザン作戦)を敢行しました。その後北アフリカのイギリス軍に合流し、チュニジア戦線でも戦果を挙げました。
1944年のノルマンディー上陸後、ルクレール率いるフランス第2機甲師団はパリ解放作戦の先頭に立ちました。1944年8月25日、ドイツ軍の降伏文書を受け取ったルクレールの姿は、フランス解放の象徴として今も語り継がれています。
戦後はインドシナ遠征軍司令官として赴任しましたが、1947年にアルジェリアで飛行機事故により命を落としました。死後、フランス元帥の称号が追贈されています。
使い方・例文
「ルクレール将軍が率いる第2機甲師団がパリに入城し、市民は熱狂的に迎えた」のように、フランスの解放と第二次世界大戦の歴史を語る文脈で頻繁に登場します。
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