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ピエール・サヴォルニャン・ド・ブラッツァとは?

ぴえーるさゔぉるにゃんどぶらっつぁ

エール・サヴォルニャン・ド・ブラッツァとは、19世紀フランスの探検家で、コンゴ川流域を探検してフランス領コンゴ(現コンゴ共和国)の基礎を築いた人物です。

エール・サヴォルニャン・ド・ブラッツァ(1852〜1905年)は、イタリア生まれでフランスに帰化した探検家・植民地行政官です。フランス海軍に入隊後、西アフリカ探検の機会を得てコンゴ川流域の調査に乗り出しました。

1875年から数度にわたるアフリカ探検を通じて、ブラッツァはコンゴ川の支流オゴウェ川流域を踏査し、内陸部への交通路を開拓しました。1880年にはコンゴ川北岸に到達し、現地のテケ族の首長マココと平和的な協定を結んで保護条約を締結しました。これにより、フランスはコンゴ川流域に権益を確保し、後のフランス領コンゴの基盤が形成されます。

彼が建設した拠点は後にブラザヴィルと名付けられ、現在もコンゴ共和国の首都として存続しています。都市名にその名が残る植民地時代の探検家として特異な存在といえます。

ブラッツァの探検スタイルは、武力に頼らず現地の人々との友好的な関係を重視した点で、同時代の他の植民地主義者と一線を画していたとも評価されています。晩年はフランス領コンゴの統治における劣悪な労働環境を調査するために再渡航し、その帰途に亡くなりました。

使い方・例文

「コンゴ共和国の首都ブラザヴィルはブラッツァの名にちなんでいる」というように、アフリカ史や植民地史の解説で登場します。

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