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バグラチオン公とは?

ばぐらちおんこう

バグラチオン公とは、ナポレオン戦争期のロシア帝国の名将で、ボロジノの戦いで致命傷を負いながらも勇敢に戦い続けたことで知られる将軍です。

ピョートル・イワノヴィチ・バグラチオン(1765〜1812年)は、ロシア帝国の軍人であり、グルジア(現ジョージア)の古王家バグラティオニ朝の末裔です。ロシア軍に入隊後、スヴォーロフ将軍のイタリア遠征・アルプス越えに随行し、師の戦法を直接学んだことで頭角を現しました。

ナポレオン戦争においてはオーストリア遠征・プロイセン遠征などに参加し、前衛・後衛指揮官として優秀な実績を挙げました。1812年のナポレオンによるロシア侵攻(祖国戦争)では、第2西部軍の司令官として広大な戦線を担当しました。当初は孤立した形でナポレオン軍の追撃をかわしながら後退し、バルクライ・ドゥ・トリの第1軍と合流することに成功しました。

バグラチオンの名が永遠に刻まれたのはボロジノの戦い(1812年9月7日)です。この会戦でロシア軍左翼を指揮中に砲弾の破片を受けて重傷を負い、数週間後に傷がもとで死亡しました。勇猛な前線指揮を好む性格と、兵士から深く慕われた人柄は、トルストイの「戦争と平和」にも描かれています。

バグラチオンはロシアの国民的英雄であり、ソ連時代には彼の名を冠した大規模な軍事作戦(バグラチオン作戦・1944年)が実施されました。

使い方・例文

ナポレオン戦争やロシア史を扱う文脈で「バグラチオン公はボロジノで負傷したロシアの名将」として紹介されます。

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