ジュゼッペ・メアッツァとは?
じゅぜっぺめあっつぁ
ジュゼッペ・メアッツァとは、1930〜40年代にイタリアサッカーの黄金期を牽引した伝説的なフォワードで、ミラノのスタジアムにその名を残す名選手です。
ジュゼッペ・メアッツァは1910年8月23日、ミラノで生まれたイタリアのプロサッカー選手です。主にインテル・ミラノ(当時アンブロシアーナ・インテル)とACミランでプレーし、1930〜40年代のセリエAを代表するストライカーとして活躍しました。
メアッツァの最大の特徴は、その得点力と技術の高さです。当時としては珍しい両足を巧みに使う技術を持ち、ペナルティエリア内での嗅覚と冷静なフィニッシュで数多くのゴールを決めました。インテルでは通算400試合以上に出場し、200ゴール以上を記録したと伝えられます。
国際舞台でもその才能を遺憾なく発揮しました。イタリア代表として1934年と1938年のFIFAワールドカップを連覇し、2大会連続世界チャンピオンの中心選手となりました。特に1938年フランス大会の準決勝で、PK蹴るの際にズボンのウエストバンドを握りながら蹴ったという逸話は語り草となっています。
引退後、その功績を称えて、インテルとACミランが本拠地とするサン・シーロ・スタジアムは「スタジオ・ジュゼッペ・メアッツァ」と正式に命名されました。イタリアサッカー史上もっとも重要な選手のひとりとして今もその名は語り継がれています。
使い方・例文
「ミラノのサン・シーロはメアッツァの名を冠したスタジアムとして知られています」という形で、スタジアムの正式名称を説明する文脈などで登場します。
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