ジャンヌ・ド・ナヴァールとは?
じゃんぬどなゔぁーる
ジャンヌ・ド・ナヴァールとは、中世フランスの王妃でナヴァール女王を兼ねた人物で、その息子がフランス王フィリップ4世(端麗王)にあたります。
ジャンヌ・ド・ナヴァール(Jeanne de Navarre、1271〜1305年)は、ナヴァール王エンリケ1世の娘として生まれ、ナヴァール王国の女王(在位1274〜1305年)であるとともに、フランス王フィリップ3世の息子フィリップと結婚してフランス王妃となった人物です。
ジャンヌは幼少時から「ナヴァール女王」の称号を持ちながらも、当初は後見人のもとで育ちました。1284年にフィリップ(のちのフィリップ4世)と結婚し、フランス王妃として宮廷に入りました。夫フィリップ4世は「端麗王」と称され、絶対王政への道を切り開いた強力な君主でしたが、ジャンヌもその治世において重要な役割を果たしました。
ジャンヌは文学・学問の庇護者として知られ、コレージュ・ド・ナヴァール(現エコール・ポリテクニークの前身の一つとも関連する)の設立に資金を提供したとされています。また、彼女自身もフランス語の詩文を書いた文学者でもありました。
1305年に33歳という若さで亡くなり、夫フィリップ4世はその後再婚しませんでした。ジャンヌの子どもたちはルイ10世・フィリップ5世・シャルル4世としてフランス王位を継ぎ、またイングランド王エドワード2世の王妃となったイザベルも彼女の娘です。カペー朝断絶の起点ともなる世代の母として歴史に名を残しています。
使い方・例文
フランス史においてジャンヌ・ド・ナヴァールは、カペー朝末期の王妃として、またその子孫によるフランス・イングランドをめぐる百年戦争の遠因となる血統の起点として言及されます。
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