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クルト・シュトゥデントとは?

くるとしゅとぅでんと

クルト・シュトゥデントは、第二次世界大戦中のドイツ空軍将軍で、近代的な空挺部隊(落下傘部隊)の創設者・指揮官として知られる人物です。

クルト・シュトゥデント(Kurt Student、1890〜1978年)は、ドイツの軍人で、世界で初めて大規模な空挺作戦を実行した「落下傘部隊の父」とも呼ばれる人物です。

第一次世界大戦では飛行士として活躍し、戦間期にはドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)の再建に貢献しました。1938年ごろから空挺部隊の組織化を本格的に推進し、訓練・装備・戦術の確立に取り組みました。

第二次世界大戦では数々の空挺作戦を指揮しました。主な実績は以下のとおりです。

  • 1940年、ベルギーのエバン・エマール要塞奇襲(グライダー降下)
  • 1940年、オランダ侵攻での橋梁占領作戦
  • 1941年、クレタ島攻略(マーキュリー作戦)——史上初の空挺部隊による島嶼占領

クレタ島作戦では目標を達成したものの、空挺兵の損害が甚大だったため、ヒトラーはその後大規模な空挺降下作戦を承認しなくなりました。シュトゥデントはその後も空挺・地上部隊を率いて西部戦線・イタリア戦線などで戦い、戦後は戦争犯罪の審理を受けたものの最終的には釈放され、長寿を全うしました。

使い方・例文

クルト・シュトゥデントの名は、1941年のクレタ島空挺作戦を解説する軍事史の文脈でしばしば登場し、近代空挺戦術の先駆者として言及されます。

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