本文へスキップ

クリメント・ヴォロシーロフとは?

くりめんとゔぉろしーろふ

クリメント・ヴォロシーロフとは、ソビエト連邦の軍人・政治家で、赤軍の建設に貢献しスターリン時代に国防人民委員などを歴任した元帥です。

クリメント・ヴォロシーロフ(Kliment Voroshilov、1881〜1969年)は、ロシア帝国時代に生まれ、ソビエト連邦の軍事・政治において長期にわたり要職を担った人物です。ウクライナのルハーンシク近郊の出身で、若くして社会民主労働党に参加しました。

シア革命(1917年)後の内戦期において赤軍の指揮官として活躍し、スターリンと深い信頼関係を結びました。1925年には国防人民委員(国防相に相当)に就任し、1934年まで同職を務めながら赤軍の近代化・組織化を推進しました。1935年にはソビエト連邦元帥号(ソ連邦元帥)を授与されています。

しかし1939〜40年のフィンランドとの冬戦争では赤軍が苦戦し、その責任を問われる形で国防人民委員を解任されました。独ソ戦(第二次世界大戦の東部戦線)では戦線指揮官を務めましたが、軍事的成果は限られたものでした。

スターリン死後はニキータ・フルシチョフとの権力闘争に敗れ、1960年に最高会議幹部会議長(国家元首に相当)を辞任しました。その名は当時ルハーンシクの旧称「ヴォロシーロフグラード」として地名にも刻まれるなど、ソ連体制の象徴的な人物の一人です。

使い方・例文

「ヴォロシーロフはスターリンの側近として赤軍の建設に関わったが、冬戦争での失敗が彼の軍事的評価を大きく下げた」というように、ソビエト史・軍事史の文脈で登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語