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ウィーン体制とは?

うぃーんたいせい

ウィーン体制とは、ナポレオン戦争後の1815年に成立した、ヨーロッパ列強が協調して革命・ナショナリズム運動を抑制しようとした国際秩序のことです。

ウィーン体制(Wiener System / Concert of Europe)は、1814年から1815年にかけて開催されたウィーン会議結果として成立したヨーロッパの国際秩序です。オーストリアのメッテルニヒ外相が主導し、ロシアプロイセン・イギリス・フランスなどの列強が参加しました。

体制の根本的な原則は「正統主義」と「勢力均衡」でした。正統主義とはフランス革命以前の王朝・国境を正当なものとして復活させる考え方で、ナポレオン戦争で変動した国境の多くが旧状に復元されました。また列強間の力のバランスを保つことで、特定の国が覇権を握ることを防ぐ仕組みが整えられました。

ウィーン体制の維持を担った具体的な枠組みとしては以下があります。

  • 神聖同盟(ロシア・プロイセン・オーストリア):キリスト教的連帯による革命抑圧
  • 四国同盟(英・露・普・墺):ナポレオン体制の再来防止
  • 列強間の定期的な会議(カルルスバート決議など)

ウィーン体制は1848年の諸国民の春(各地での革命)によって大きく動揺し、プロイセンの台頭とドイツ・イタリアの統一運動が進む1860〜70年代に実質的に崩壊しました。しかし、大国間協調による平和維持という発想は、後の国際連盟・国際連合の前身ともいえる重要な先例として評価されています。

使い方・例文

ヨーロッパ近代史の授業では、ナポレオン戦争後の秩序再建のプロセスとしてウィーン体制が登場します。現在の国際機関の原型を論じる文脈でも引用されます。

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