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アン・ブーリンとは?

あんぶーりん

アン・ブーリンとは、イングランドヘンリー8世の2番目の妻で、後のエリザベス1世の母として知られる16世紀の王妃です。

アン・ブーリン(約1501〜1536年)は、イングランドの貴族の家に生まれ、フランス宮廷で教育を受けた才媛です。ヘンリー8世の寵愛を受け、最終的に王妃の座へと上り詰めましたが、その過程でイングランド史を大きく変える事件が起きました。

ヘンリー8世は最初の王妃カタリナ・デ・アラゴンとの婚姻無効を求めましたが、ローマ教皇はこれを認めませんでした。王はカトリック教会から離脱して首長法(1534年)を制定し、イングランド国教会を設立することでローマ教皇の権威を排除し、アンと正式に結婚。この一連の動きは宗教改革の文脈でも重要な意味を持ちます。

1533年にアンはエリザベス(後のエリザベス1世)を出産しますが、待望の男子ではなかったため王の期待は外れました。その後、流産が続いたことや宮廷内の政治的対立も絡み、アンは姦通・反逆罪などの疑いで逮捕されます。証拠の真偽には今も歴史家の間で議論がありますが、1536年にロンドン塔で処刑されました。

アン・ブーリンの生涯は、政治と宗教が複雑に絡み合ったテューダー朝の権力構造を象徴するものとして、多くの小説・映画・ドラマの題材となっています。

使い方・例文

「アン・ブーリンの処刑はイングランド宗教改革の引き金の一つとして語られる」という形で、欧州史・宗教改革の授業や解説で登場します。

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