アスキス・ハーバート・ヘンリーとは?
あすきすはーばーとへんりー
ハーバート・ヘンリー・アスキスは、イギリスの自由党政治家で、1908年から1916年まで首相を務め、福祉国家の基盤となる社会改革と第一次世界大戦への対応を主導した人物です。
ハーバート・ヘンリー・アスキス(Herbert Henry Asquith、1852〜1928年)は、英国自由党を代表する政治家で、エドワード朝・ジョージ5世時代の首相として近代英国の礎を築きました。
ヨークシャー出身で弁護士として頭角を現し、1886年に下院議員に初当選。内務大臣、蔵相を歴任したのち、1908年にキャンベル・バナーマンの後継として首相に就任しました。アスキス政権の主な業績は以下の通りです。
- 老齢年金の導入(1908年)—英国初の国家年金制度
- 国民保険法(1911年)—医療・失業保険の基盤整備
- 議会法(1911年)—貴族院の権限を制限し庶民院優位を確立
- アイルランド自治法の推進(実施は戦争で棚上げ)
1914年に第一次世界大戦が勃発すると、アスキスは戦時指導を担いましたが、ガリポリ作戦の失敗などで批判が高まり、1916年にデイヴィッド・ロイド・ジョージに首相の座を譲りました。その後も自由党党首を続けましたが、保守党と労働党の台頭により自由党は凋落し、アスキスの政治的影響力も低下しました。英国近代化と社会改革の視点から今日でも重要な政治家として評価されています。
使い方・例文
「アスキス首相の下で導入された老齢年金制度は、英国における福祉国家の出発点とされている」という形で歴史の文脈で登場します。
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