アウクスブルクの和議とは?
あうくすぶるくのわぎ
アウクスブルクの和議とは、1555年に神聖ローマ帝国で結ばれた、カトリックとルター派の共存を認めた宗教的合意です。
アウクスブルクの和議(独:Augsburger Religionsfrieden)は、1555年9月に神聖ローマ帝国の帝国議会が開かれたアウクスブルク(現在のドイツ・バイエルン州)において締結された宗教的・政治的合意です。ルター派のプロテスタントとローマ・カトリックという二つの信仰が、帝国内において法的に共存することを初めて公式に認めた歴史的な取り決めです。
16世紀はじめにマルティン・ルターが宗教改革を起こして以来、神聖ローマ帝国内ではカトリックとプロテスタントの対立が激化していました。諸侯間の武力衝突も相次いだため、皇帝カール5世は宗教問題を一時的に棚上げにしながらも解決策を模索し、最終的にこの和議が成立しました。
和議の主な内容は以下のとおりです。
- 「誰の領地か、その宗教(cuius regio, eius religio)」の原則を採用し、各領邦の君主が領内の宗派を決定する権限を持つ
- ルター派(アウクスブルク信仰告白に基づく)を帝国内で合法的な宗派として認定
- カルヴァン派など他のプロテスタント諸派は対象外
- 領民は君主の宗派に従うか、移住する権利を与えられる
この合意は宗教的寛容の黎明期とされる一方、個人の信仰の自由を保障するものではありませんでした。後に三十年戦争(1618〜1648年)の遠因ともなりましたが、西洋史における宗教と政治の分離を模索する重要な一歩として評価されています。
使い方・例文
世界史の授業では宗教改革の流れを学ぶ際にアウクスブルクの和議が登場し、「領主が宗教を決める」という原則が近代的な主権国家の概念とどう関わるかを考える題材として扱われます。
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