本文へスキップ

ウォルター・ローリーとは?黄金郷を求めた英国探検家の生涯

公開 2026年8月12日

この記事は 「ウォルター・ローリーとは?」 の解説をくわしく掘り下げたものです。

エリザベス1世に仕えた寵臣

ウォルター・ローリーは、16世紀後半のイングランドで活躍した探検家であり、軍人であり、また詩や散文を書く作家でもありました。女王エリザベス1世に深く気に入られ、爵位や特権を与えられて宮廷内で重きをなした人物です。当時のイングランドは、スペインやポルトガルに遅れをとりながらも、海外への進出を本格化させようとしていた時期にあたります。

最初の偵察航海

ローリー自身は本国イングランドにとどまり続けましたが、1584年にはまず偵察のための船団を送り出し、北米東岸の様子を調べさせました。その報告をもとに、女王エリザベス1世にちなんで、この地は「ヴァージニア」と名付けられています。翌年以降、実際に人々を移住させる本格的な植民の試みが繰り返し行われることになりました。

ロアノーク植民地への挑戦

ローリーは、現在のアメリカ・ノースカロライナ州にあたる地域に、イングランド初の海外植民地を築こうと複数回にわたって遠征隊を送り出しました。この試みは「ロアノーク植民地」と呼ばれています。しかし本国からの補給が思うようにいかず、植民は困難を極めました。とりわけ有名なのが、後に入植者たちが忽然と姿を消してしまった「失われた植民地」の謎で、彼らがどこへ消えたのかは今なお歴史上の大きな謎として語り継がれています。

黄金郷エル・ドラードを求めて

ローリーはまた、南米に存在すると信じられていた伝説の黄金郷「エル・ドラード」を探し求め、自ら探検隊を率いて南米大陸のジャングルへ分け入りました。実際に黄金郷を発見することはできませんでしたが、その探検記は当時のヨーロッパで大きな話題を呼び、南米の地理に関する知見をヨーロッパにもたらしました。

投獄と処刑という悲劇的な最期

エリザベス1世が亡くなり、後継のジェームズ1世の時代になると、ローリーは反逆の嫌疑をかけられてロンドン塔に投獄されてしまいます。長い獄中生活の末に一時釈放されて南米への再遠征を許されたものの、遠征は失敗に終わり、帰国後に改めて処刑されるという悲劇的な最期を迎えました。

作家としての一面

ローリーは剣を取る軍人であり航海者であっただけでなく、優れた詩や散文を書く文人としても知られていました。獄中にあった時期には歴史書『世界史』の執筆にも取り組んでおり、行動の人でありながら知的な探求心も併せ持つ、多面的な人物像がうかがえます。

タバコを広めた人物としても

ローリーは、探検家としての功績だけでなく、アメリカ大陸からもたらされたタバコの喫煙習慣をイングランドの宮廷に広めた人物としても語り継がれています。彼の波乱に満ちた生涯は、大航海時代のイングランドが抱えていた野心と危うさの両方を映し出しているといえるでしょう。

後世に残した評価

ローリーの生涯は成功と挫折が入り混じったものでしたが、未知の世界に果敢に挑んだ冒険心と、時代の最先端を行く知識欲は、後世の探検家や作家たちに強い印象を残しました。今日でもイギリスやアメリカでは、彼にちなんだ地名や物語が数多く残されており、大航海時代を象徴する人物の一人として語り継がれています。

「ウォルター・ローリー」の用語ページを見る

関連用語