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筑前国とは?

ちくぜんのくに

筑前国とは、現在福岡県北西部にあたる令制国で、西海道の中心として大陸との交流拠点・博多湾を擁し、日本の対外交易史に深く関わった地域です。

筑前国(ちくぜんのくに)は、日本の令制国の一つで、現在福岡県北西部にほぼ相当する地域です。西海道に属し、筑後国肥前国豊前国などに隣接していました。「筑前」の名は、筑紫国が分割された際に前方(北方)にあることに由来するとされています。

筑前国最大の特徴は、博多湾という天然の良港を擁している点です。古代から朝鮮半島・中国大陸との交易・外交の玄関口として機能し、大宰府(だざいふ)が置かれた筑前・筑後の地は西日本における行政・軍事の要衝でした。大宰府は九州全体を統括する役所として機能し、外交使節の応接・防衛の指揮を行いました。

奈良時代には防衛施設「水城(みずき)」や「大野城」が築かれ、白村江の戦い(663年)後の大陸勢力の侵攻に備えた国防ラインを形成しました。また、「万葉集」の編纂に関わった大伴旅人・山上憶良らが大宰府に赴任しており、文学史上も重要な地です。

中世には博多が日宋貿易・日明貿易の中心港として発展し、元寇(蒙古襲来)でも九州北部・博多が最初の戦場となりました。戦国時代には大友氏・毛利氏・島津氏が争い、近世には福岡藩(黒田氏)の支配下に入りました。1871年の廃藩置県後は福岡県に編入され、現在も「筑前」の地名は福岡市内の地名などに残っています。

使い方・例文

日本史で「遣唐使が筑前国の博多を出港した」「元寇では筑前国の海岸に蒙古軍が上陸した」という形でよく登場する地名です。

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