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田中久重とは?

たなかひさしげ

田中久重は江戸時代後期から明治時代かけて活躍した日本の発明家・技術者で、「東洋のエジソン」とも称され、現在の東芝の創業者でもあります。

田中久重(1799〜1881年)は、筑後国現在福岡県久留米市)出身の発明家・機械技術者です。幼少期から機械工作の才能を示し、独学でからくり人形(自動人形)の製作技術を習得しました。その精巧な弓矢を射る「弓曳童子」や、文字を書く「文字書き人形」などのからくり作品は各地で評判を呼び、「からくり儀右衛門」の名で親しまれました。

江戸・大坂などでも活躍した後、幕末の動乱期には蒸気機関や洋式大砲の国産化に取り組みました。佐賀藩の依頼で蒸気船の国産製造に挑戦したほか、反射炉の建設など西洋技術の研究・導入にも携わり、日本の近代化に大きく貢献しました。

明治時代に入ってからは東京に「田中製造所」を設立し、電信機や灯台用機器などの製造を手がけました。この会社が発展・合併を経て後に芝浦製作所となり、さらに東京電気と合併して現在の「東芝」へとつながっています。このため田中久重は東芝の創業者として位置づけられています。

からくり人形師から始まり、近代工業技術者へと転身した田中久重の生涯は、日本の伝統的な精巧さと西洋技術の融合という明治維新期の技術史を象徴するものとして、現在も高く評価されています。

使い方・例文

日本の産業史や理科・技術の教材では「東洋のエジソン」として紹介され、からくり人形から近代工業への橋渡しをした人物として取り上げられます。また「東芝の創業者」として企業史の文脈でも登場します。

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