正田英三郎とは?
しょうだえいざぶろう
正田英三郎は、日清製粉グループの礎を築いた実業家で、美智子上皇后の父として広く知られています。
正田英三郎(しょうだ えいさぶろう)は、1903年に群馬県館林市で生まれた実業家です。東京帝国大学法学部を卒業後、正田家が経営する日清製粉株式会社(現・日清製粉グループ本社)に入社し、後に社長・会長を歴任して同社を国内有数の製粉会社へと発展させました。
実業家としての正田英三郎は、第二次世界大戦後の食糧難という厳しい時代においても日清製粉の経営を安定させ、日本の食品産業の発展に貢献しました。同社はパスタやパン用小麦粉など多様な食品関連製品を扱い、日本の食文化の近代化を支えた企業として知られています。
社会的には、経済界のリーダーとして日本商工会議所などの活動にも参加しました。また、財界人としての活動に加え、テニスなどのスポーツを愛した文化的な側面も持っていました。
一方、正田英三郎は1958年に長女の正田美智子が皇太子明仁親王(後の上皇陛下)と婚約したことで、一躍国民的な注目を集める存在となりました。一般市民出身の女性が皇室に入る「世紀のロマンス」として社会的センセーションを巻き起こし、「ミッチー・ブーム」と呼ばれる社会現象の中心となりました。正田英三郎は2003年に99歳で逝去しました。
使い方・例文
上皇后美智子さまに関する報道や歴史の解説で「父・正田英三郎は日清製粉の社長だった」と紹介される文脈で登場します。
この用語をシェア
最終更新: