本文へスキップ

桂小五郎とは?

かつらこごろう

桂小五郎とは、幕末の長州藩を代表する志士で、後に木戸孝允と改名し明治維新立役者となった政治家です。

桂小五郎(かつら こごろう)は、1833年に長州藩(現在山口県)に生まれました。江戸で吉田松陰に師事して尊王攘夷思想に傾倒し、剣術も江戸四大道場の一つ斎藤弥九郎の練兵館で修めた文武両道の人物でした。

桂は長州藩内の政治活動を通じて倒幕運動の中心人物となりました。しかし1864年の池田屋事件では九死に一生を得て脱出し、その後も幕府の追手から逃れながら但馬出石などに潜伏する「逃げの小五郎」としての一面も知られています。この困難な時期を経て、1866年には坂本龍馬の仲介により薩摩藩と薩長同盟を結ぶ交渉を担い、倒幕への大きな布石を打ちました。

明治維新後は木戸孝允と改名し、新政府の要職に就きました。彼が明治政府において果たした主な役割は次のとおりです。

  • 版籍奉還・廃藩置県の推進
  • 岩倉使節団への参加(欧米視察)
  • 憲法制定・議会開設の早期実現を求める立憲主義的立場の主張
  • 「西郷・大久保・木戸」いわゆる「維新の三傑」の一人として評価

晩年は政府内の意見対立や健康の悪化に悩まされ、1877年(明治10年)、西南戦争の最中に45歳で亡くなりました。歴史上は薩長同盟の立役者・憲法論の先駆者として位置づけられています。

使い方・例文

「桂小五郎(木戸孝允)は薩長同盟の締結に尽力し、明治維新後も近代国家建設のための制度整備を推進した」というように、幕末・明治維新の政治史を語る際に欠かせない人物として登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語