板垣征四郎とは?
いたがきせいしろう
板垣征四郎とは、昭和初期に満洲事変を主導し、戦後に極東国際軍事裁判でA級戦犯として有罪判決を受けた日本陸軍の将軍です。
板垣征四郎(いたがきせいしろう、1885〜1948年)は、日本陸軍の陸軍大将で、昭和前期の日本の対外政策・軍事行動に深く関わった人物です。
陸軍士官学校・陸軍大学校を卒業後、満洲(中国東北部)での勤務を通じてその地域への強い影響力を持つようになりました。1931年、石原莞爾とともに関東軍の中心人物として満洲事変を謀略的に引き起こし、満洲国建設を主導しました。この行動は日本の軍部による独走と対外膨張の象徴として歴史に刻まれています。
その後の経歴は以下の通りです。
- 関東軍参謀長として満洲経営を推進
- 支那駐屯軍司令官・第5方面軍司令官など各方面の要職を歴任
- 第1次近衛内閣・平沼内閣の陸軍大臣を務め、日中戦争の拡大に関与
太平洋戦争終戦後、極東国際軍事裁判(東京裁判)においてA級戦犯として起訴され、平和に対する罪・戦争犯罪などで有罪となり、1948年に死刑が執行されました。板垣の軌跡は、軍部の暴走が日本を戦争へと引き込んだ昭和史の重要な一側面を示しています。
使い方・例文
昭和史・満洲事変・東京裁判を扱う歴史書や教科書では、板垣征四郎の名前が必ず登場します。
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