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新藤兼人とは?

しんどうかねと

新藤兼人とは、日本映画史上もっとも長く活躍した脚本家・映画監督のひとりで、独立プロ運動を牽引した映画人です。

新藤兼人(1912〜2012年)は、日本の映画監督脚本家で、100歳を超えてなお創作活動を続けた映画史上稀有な存在です。広島県生まれで、溝口健二監督に師事し脚本家として頭角を現しました。

1950年に近代映画協会を設立し、独立プロダクションの先駆けとして商業主義に縛られない作品制作の道を切り開きました。監督デビュー作は1951年の『愛妻物語』で、その後も精力的に作品を発表し続けました。代表作には、核兵器の影響を描いた『原爆の子』(1952年)、セリフなしで展開する実験的作品『裸の島』(1960年)、晩年の『一枚のハガキ』(2011年)などがあります。

脚本家としても膨大な作品を残しており、その数は200本以上に上ります。人間の性、生と死、戦争の悲惨さを真摯に描き続けた姿勢が高く評価されました。文化功労者・文化勲章受章者であり、国際的にも評価の高い監督です。99歳で撮影した『一枚のハガキ』は「史上最高齢での長編映画監督」として記録に残っています。

使い方・例文

日本映画史や独立プロ運動の文脈、また長寿の映画人を語る場面で「新藤兼人」の名が登場します。広島と映画の関係を論じる際にも引用されます。

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