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广中平祐とは?

ひろなかへいすけ

广中平祐(ひろなか へいすけ)は、日本数学者で、代数幾何学の分野における「特異点解消定理」の証明によってフィールズ賞を受賞した、日本を代表する世界的数学者です。

广中平祐(ひろなか へいすけ)は、1931年に山口県玖珂郡玖珂町(現・岩国市)に生まれた数学者です。京都大学を卒業後、ハーバード大学に留学してオスカー・ザリスキに師事し、代数幾何学の研究を深めました。

1964年、广中は「標数0の代数多様体の特異点解消」を証明し、数学史上の難問に決着をつけました。この業績は代数幾何学の根幹に関わる重要な定理で、多様体の「なめらかでない点(特異点)」を系統的に解消できることを示したものです。この証明によって、1970年のフィールズ賞(数学のノーベル賞とも呼ばれる最高の栄誉)を受賞しました。日本人のフィールズ賞受賞は、小平邦彦に続いて2人目の快挙でした。

ハーバード大学教授、京都大学数理解析研究所教授などを歴任し、数多くの若い数学者を育てました。また、教育への情熱も深く、「数学は音楽に似ている」という言葉に代表されるように、数学の美しさや本質を一般にもわかりやすく伝える活動にも積極的でした。

著書『学問の発見』は、研究者を志す若者のバイブルとして広く読まれ、失敗や挫折を経ながら真理を追求する姿勢が多くの読者に感銘を与えています。文化勲章など国内外の栄誉も多数受賞しています。

使い方・例文

数学オリンピックや大学の代数幾何学の授業で、特異点解消の話題が出るときに广中平祐の名前と業績が必ず紹介されます。

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最終更新:

同じ読みのことば

「ひろなかへいすけ」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

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