吉備真備とは?
きびのまきび
吉備真備とは、奈良時代の学者・政治家で、唐へ二度渡り、最終的に右大臣にまで昇った日本史上屈指の知識人です。
吉備真備(きびのまきび、695年頃〜775年)は、奈良時代を代表する学者・政治家です。備中国(現在の岡山県)の出身で、下道真備(しもつみちのまきび)とも呼ばれます。
717年(養老元年)、19歳ごろに遣唐使の一員として唐に渡り、約18年間にわたって儒学・天文・兵法・音楽・暦法など幅広い学問を修めました。帰国後は聖武天皇に仕え、唐からもたらした最新の文物や知識を朝廷に伝えました。とくに囲碁・音楽・弓術・算術など多分野にわたる知識の導入者として評価されています。
その後、政争に巻き込まれて筑前(九州)に左遷される時期もありましたが、753年に再び唐へ渡る機会を得て帰国後に地位を回復。764年の藤原仲麻呂の乱では称徳天皇側に立ち功績を上げ、右大臣(正二位)にまで昇りました。庶民出身から最高位に近い地位まで登りつめた、異例の経歴の人物です。
後世の伝説では、片仮名の発明者とする説もありますが、これは確証のある史実ではありません。学問と実務の両面に優れた、奈良時代を象徴する知識人です。
使い方・例文
日本史の教科書や奈良時代を扱ったドラマ・小説で、遣唐使や学問の伝来を説明する場面で吉備真備はよく取り上げられます。
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