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北の湖敏満とは?

きたのうみとしみつ

北の湖敏満は、昭和50年代に活躍した大相撲の第55代横綱で、圧倒的な強さと無愛想な風貌から「憎らしいほど強い横綱」と呼ばれた不世出の力士です。

北の湖敏満(きたのうみ としみつ、1953〜2015年)は、大相撲の第55代横綱で、北海道壮瞥町出身の力士です。本名は小畑敏満。北の湖部屋(後に時津風一門)所属で、昭和40年代後半から50年代にかけ相撲界に君臨しました。

北の湖は1974年(昭和49年)に21歳2ヶ月という当時史上最年少記録で横綱に昇進しました。その後の活躍は目覚ましく、幕内最高優勝24回・通算勝利数807勝などの大記録を樹立しました。得意技は右四つからの寄り・上手投げで、安定した腰の低さと強靭な体力を武器に、正面から相手を圧倒する王道の相撲を貫きました。

北の湖の現役時代はライバルの輪島(第54代横綱)との「輪湖時代」として相撲ファンに語り継がれており、この二横綱の全盛期は大相撲の一大黄金時代を築きました。表情に乏しく愛想を振らないことから「憎らしいほど強い横綱」という表現が定着し、強さと怖さを体現する横綱像として長く記憶されています。

引退後は日本相撲協会理事長(2010〜2015年)を務め、相撲界の運営にも尽力しました。2015年に死去。その功績をたたえ、部屋名に「北の湖」の名前が受け継がれています。

使い方・例文

昭和の大相撲黄金時代や、歴代横綱の強さを語る場面で、北の湖敏満の名前は輪島とともに「輪湖時代」を象徴する横綱として必ず登場します。

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