則天武后とは?
そくてんぶこう
則天武后とは、中国史上唯一、皇帝として国を統治した女性で、唐の時代に「周」を建国し約15年にわたって最高権力者として君臨した人物です。
則天武后(そくてんぶこう、624〜705年)は、中国の唐王朝中期に活躍した政治家であり、中国史上唯一の女性皇帝です。姓名は武照(ぶしょう)、後に武曌(ぶしょう)と名乗りました。
唐の第2代皇帝・太宗の後宮に入り、太宗の死後に次の高宗の皇后となりました。高宗の晩年には実質的に政務を取り仕切り、高宗の死(683年)後は皇太后として息子の皇帝たちを傀儡にしながら権力を掌握しました。690年にはついに自ら即位して国号を「周」と改め、武周朝(690〜705年)を打ち立てました。
その政治手腕は高く評価される一面があります。
一方で、政敵への苛烈な粛清や密告制度の活用など、専制的な側面も史料に記録されています。晩年にクーデターで退位させられ、唐が復活。死後「則天大聖皇后」と諡号されました。女性が最高権力を握った稀有な事例として、今日でも世界史の中で広く議論されています。
使い方・例文
「則天武后は、中国史上唯一の女帝として歴史の教科書や女性リーダーを特集した書籍で必ず登場し、権力と性差を論じる際の象徴的存在となっています。」
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