公共理性とは?
こうきょうりせい
公共理性とは、民主的社会において市民が政治的な問題を議論する際、特定の宗教や個人的信条ではなく、すべての市民が共有できる理由や根拠に基づいて判断すべきだとする考え方です。
公共理性(public reason)とは、政治哲学における重要な概念で、とりわけジョン・ロールズの著作『政治的リベラリズム』(1993年)によって広く知られるようになりました。多様な価値観・宗教・世界観を持つ市民が共存する民主主義社会において、政治的決定の正当化に使える理由の範囲を限定しようとする考え方です。
ロールズによれば、公共理性が求めるのは、国家の基本的な正義や憲法的な問題について議論する際に、特定の宗教的教義や包括的な善の観念に訴えるのではなく、すべての市民が合理的な存在として受け入れられる共有の前提に基づいて論じることです。
公共理性が機能する場面の例は以下のとおりです。
- 議会での立法審議
- 裁判所による違憲審査
- 選挙の候補者による政策論争
批判もあり、宗教的な動機による社会運動(公民権運動など)を不当に排除するという指摘や、「公共の理由」とは誰が決めるのかという問いが投げかけられています。これに対してロールズは後の論考で修正を加え、宗教的理由も「適切な公共理性の理由に翻訳できる限り」許容されると述べています。
使い方・例文
同性婚の法制化を論じる際に「聖書に反する」という理由だけを主張するのは公共理性の観点からは不十分で、すべての市民が納得できる権利・平等の観点からの議論が求められます。
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