伊東忠太とは?
いとうちゅうた
伊東忠太は、日本建築史学を創始し、独自の「様式融合」建築を実践した明治〜昭和の建築家です。
伊東忠太(いとう ちゅうた、1867〜1954年)は、日本の建築家・建築史家で、近代日本の建築学確立に多大な貢献をした人物です。東京帝国大学建築学科を卒業後、同大学教授として後進の育成にも力を注ぎました。
伊東は、日本建築を欧米の「アーキテクチャー(architecture)」と同等の学術体系として位置づけるべきと主張し、「建築」という言葉を日本で定着させた人物の一人でもあります。アジア各地への広範な調査旅行を行い、インド・中国・東南アジアの建築様式を研究しました。
建築史家としての伊東忠太の主な業績は以下の通りです。
- 日本建築史学の基礎確立と法隆寺の建築史的研究
- アジア建築の広域調査・記録
- 「法隆寺建築論」など学術的著作の刊行
実作においては、東洋と西洋、さらに異民族建築の要素を折衷した独特の様式を追求しました。代表作に築地本願寺(東京)があり、インド・東洋建築の意匠を大胆に取り入れた外観は今も多くの人を驚かせます。その斬新な様式観と学術的厳密さは、近代日本の建築思想に欠かせない遺産です。
使い方・例文
近代日本建築史の講義や、築地本願寺などの特徴的な建物を解説する文脈で伊東忠太の名前が引き合いに出されます。
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