五代友厚とは?
ごだいともあつ
五代友厚は、明治期の大阪経済の近代化をけん引した薩摩藩出身の実業家・外交官です。
五代友厚(ごだい ともあつ、1836〜1885年)は、薩摩藩(現在の鹿児島県)出身の武士・実業家・外交官です。幕末から明治初期にかけて大阪を中心に活躍し、日本の近代化・産業振興に大きく貢献した人物として知られています。
五代は若くして藩命によりヨーロッパを視察し、欧州の産業・貿易・外交の仕組みを学びました。帰国後は薩長同盟の成立にも外交的役割を果たし、明治維新後には大阪に移住して実業界で活動を開始しました。
大阪における主な功績には以下が挙げられます。
- 大阪商法会議所(現・大阪商工会議所)の初代会頭として商業基盤を整備
- 大阪証券取引所(現・大阪取引所)の設立への関与
- 大阪府内の鉱山開発・インフラ整備の推進
- 外国商人との対等な取引環境づくりへの貢献
五代は「東の渋沢栄一、西の五代友厚」と並び称されるほど、大阪財界の近代化に欠かせない存在でした。50歳を前に急逝しましたが、大阪市内にはその功績を称えた銅像が建立されており、2015年のNHK朝ドラ「あさが来た」でも描かれたことで広く再注目されました。
使い方・例文
日本近代経済史や大阪の発展を語る文脈で「明治の大阪を作った人物」として頻繁に取り上げられます。
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