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ヴィルヘルム2世 (ドイツ皇帝)とは?

う゛ぃるへるむにせい

ヴィルヘルム2世ドイツ皇帝)とは、第一次世界大戦期のドイツ帝国最後の皇帝で、積極的な外交政策と軍備拡張で戦争へと至る道を歩んだ君主です。

ヴィルヘルム2世(Wilhelm II, 1859〜1941年)は、ドイツ帝国第3代皇帝(在位1888〜1918年)であり、プロセン王も兼ねました。ヴィクトリア女王の孫にあたり、イギリスロシアの王室とも血縁関係を持ちながら、第一次世界大戦で彼らと敵対することになります。

ヴィルヘルム2世は「世界政策(Weltpolitik)」を掲げ、ドイツの国際的な影響力拡大を目指しました。海軍力の増強・植民地の獲得・積極的外交によってイギリスやフランスと緊張関係を深め、ヨーロッパの列強間の対立を激化させました。ビスマルクを首相から解任して独断的な政治運営を行ったことも、外交の失敗につながったとされます。

在位中の主な出来事は以下のとおりです。

  • ビスマルク首相の解任(1890年)と新外交路線の推進
  • 海軍増強によるイギリスとの軍拡競争
  • モロッコ危機などで列強との緊張を高める
  • 第一次世界大戦(1914〜1918年)の勃発と敗戦
  • ドイツ革命による退位とオランダへの亡命(1918年)

ヴィルヘルム2世は第一次世界大戦の主要な責任者の一人として批判される一方、時代の構造的矛盾の中での人物としても評価が分かれます。退位後はオランダで余生を送り、第二次世界大戦の開始後も生存していました。

使い方・例文

第一次世界大戦の原因を論じる歴史の授業や書籍では必ず登場する人物で、20世紀初頭のドイツ外交を象徴する存在として扱われます。

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