レオ・トロツキーとは?
れおとろつきー
レオ・トロツキーとは、ロシア革命の指導者であり赤軍を創設した革命家で、スターリンとの権力闘争に敗れて追放・暗殺された20世紀を代表する政治思想家です。
レオン・トロツキー(Лев Давидович Троцкий、1879〜1940年)は、ウクライナ南部(当時ロシア帝国領)のユダヤ系農家に生まれた革命家・理論家です。本名はレフ・ダヴィドヴィチ・ブロンシュテイン。若くしてマルクス主義に傾倒し、帝政ロシアに対する革命運動に身を投じました。
1905年の第一次ロシア革命でペテルブルク・ソヴィエト議長として頭角を現し、1917年のロシア革命(十月革命)ではレーニンとともにボリシェヴィキの権力掌握を主導しました。革命後は初代外務人民委員(外相)を務め、ブレスト=リトフスク条約交渉にあたりました。その後、陸海軍人民委員(国防相)として赤軍を組織・指揮し、内戦期(1918〜1921年)に白衛軍や外国干渉軍を撃破して新政権を守り抜きました。
レーニン死後の後継争いでスターリンと対立し、「一国社会主義論」に対して「永続革命論」を唱えて世界革命の必要性を主張しました。しかしスターリンの政治工作に敗れ、1927年に党を追放され、1929年に国外追放となりました。メキシコに亡命中も精力的に著述活動を続けましたが、1940年にスターリンの刺客に斧で頭部を攻撃され死亡しました。
トロツキーの思想(トロツキズム)は今日も一部の左翼運動に影響を与え続けており、20世紀革命史・政治思想史の重要人物として位置づけられています。
使い方・例文
ロシア革命史や共産主義思想を扱う授業・文献で必ず言及される人物で、権力闘争と政治的粛清の象徴としてもしばしば引用されます。
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