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メフメト5世とは?

めふめとごせい

メフメト5世とは、オスマン帝国末期の第35代スルタンで、青年トルコ人革命後に即位し、第一次世界大戦期に名目上の君主として在位した人物です。

メフメト5世(Mehmed V、1844〜1918年)は、オスマン帝国第35代スルタンで、1909年から1918年に没するまで在位しました。長年にわたって兄アブデュルハミト2世の圧政のもとで幽閉同然の生活を送り、65歳で即位した遅咲きの君主です。

1908年、青年トルコ人(統一と進歩委員会)による革命が起きて立憲政治が復活すると、専制政治を続けたアブデュルハミト2世は退位させられ、メフメト5世が擁立されました。しかし実権は統一と進歩委員会の指導者エンヴェル・パシャ、タラート・パシャ、ジェマル・パシャの「三頭政治」が握っており、メフメト5世は事実上の傀儡君主でした。

在位中の主な出来事として、

  • イタリア・トルコ戦争(1911〜1912年)でリビアを喪失
  • バルカン戦争(1912〜1913年)でヨーロッパの大半の領土を失う
  • 第一次世界大戦(1914〜1918年)への参戦(ドイツ・オーストリア側)
が挙げられます。帝国の急速な崩壊を目の当たりにしながらも実権を持たず、1918年に戦争終結直前に没しました。

メフメト5世の死後、弟メフメト6世が即位しましたが、まもなくオスマン帝国は解体され、トルコ共和国の成立へと至りました。

使い方・例文

第一次世界大戦や近代トルコ史を学ぶ場面で、オスマン帝国の参戦と崩壊を説明する際にメフメト5世の名が登場します。

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