ホアキン・ブラーケとは?
ほあきんぶらーけ
ホアキン・ブラーケとは、スペイン独立戦争(半島戦争)期のスペイン軍将軍で、アラゴン方面軍を率いてナポレオン軍と戦った指揮官です。
ホアキン・ブラーケ(Joaquín Blake y Joyes, 1759年〜1827年)は、スペイン独立戦争(ペニンスラー戦争、1808〜1814年)時代のスペイン軍将軍です。アイルランド系の家系に生まれながらスペインに根ざして軍人として成長し、ナポレオン軍のスペイン侵攻に抵抗した主要な指揮官の一人となりました。
1808年のナポレオン軍によるスペイン侵攻後、ブラーケは各地の軍を率いてフランス軍に抵抗しました。ガリシア軍やアラゴン軍の司令官を歴任し、エスピノサ・デ・ロス・モンテーロスの戦い(1808年)やアルブエラの戦い(1811年)など複数の戦いに参加しました。
1811年のバレンシア包囲では守備側の指揮を執りましたが、フランス軍元帥スーシェの攻撃の前に1812年1月に降伏を余儀なくされ、捕虜となってフランスへ送られました。ナポレオン失脚後に釈放されスペインへ帰国し、残りの生涯を平穏に過ごしました。
ブラーケの戦歴は勝利と敗北が混在しており、英雄として称えられることは少ないものの、スペイン独立戦争における組織的な抵抗を支えた将軍の一人として歴史に名を残しています。
使い方・例文
スペイン独立戦争や半島戦争の文脈で「ブラーケはフランス軍への組織的抵抗を率いたスペイン将軍の一人だ」という形で登場します。
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