ベニグノ・アキノとは?
べにぐのあきの
ベニグノ・アキノは、フィリピンのマルコス独裁政権に対抗した野党指導者で、1983年の暗殺が民主化運動の転換点となった人物です。
ベニグノ・シメオン・アキノ・ジュニア(Benigno Simeon Aquino Jr.、1932〜1983年)は、フィリピンの政治家です。「ニノイ」の愛称で親しまれ、フェルディナンド・マルコス大統領の独裁体制下で最も知名度の高い反体制指導者として活動しました。
アキノは政治家一家に生まれ、上院議員として急速に頭角を現しました。1972年にマルコスが戒厳令を布告すると投獄され、死刑判決を受けながらも国際的な圧力によって釈放、1980年に渡航を許可されてアメリカに亡命しました。
アキノの生涯と影響は以下の点に集約されます。
- マルコス独裁への最も象徴的な抵抗者として国民的支持を集めた
- 1983年8月21日、帰国直後にマニラ空港のタラップで銃撃され死亡
- 暗殺への怒りがフィリピン全土の反マルコス運動を急激に拡大させた
- 1986年の「ピープル・パワー革命」を経てマルコス政権が崩壊
アキノの死は「フィリピン民主化の礎」として歴史に刻まれています。妻のコラソン・アキノはその後大統領に就任し、フィリピン初の女性大統領となりました。息子のベニグノ・アキノ3世も後に大統領(在位2010〜2016年)を務めており、アキノ家はフィリピン現代政治に深く刻みこまれた名家です。
使い方・例文
「ベニグノ・アキノの空港での暗殺はフィリピン現代史の転換点として、アジア民主化運動を語るうえで必ず取り上げられる」というように登場します。
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