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ピョートル・コズロフとは?

ぴょーとるこずろふ

ピョートル・コズロフはロシアの探検家で、中央アジア・モンゴル・チベットを探索し、幻の都市カラホトを発見したことで知られます。

ピョートル・クジミッチ・コズロフ(Pyotr Kuzmich Kozlov、1863〜1935年)は、ロシア帝国および後にソビエト連邦で活躍した地理学者・探検家です。ニコライ・プルジェワルスキーの弟子として中央アジア探索に従事し、後に独自の遠征を複数回率いました。

コズロフの最大業績は、1908〜1909年の遠征でモンゴルのゴビ砂漠に埋もれていた西夏(タングート王朝)の都市カラホト(黒城、Khara-Khoto)を発掘したことです。この幻の都市は13世紀にモンゴル帝国によって滅ぼされて以降、砂漠に飲み込まれ長らく伝説上の存在とされていました。コズロフは大量の文書・書物・仏像・美術品を発掘・持ち帰り、西夏文字の解読や西夏文化研究に欠かせない資料をもたらしました。

また、コズロフはチベット探索にも取り組み、ラサへの接近やヒマラヤ周辺の地理調査にも功績を残しています。さらに1924〜1925年のモンゴル遠征では、モンゴル帝国の王族とみられる古墳(ノイン・ウラ遺跡)を発掘し、豊富な副葬品を発見しました。

コズロフの探索は地理学・考古学・民族学の複数分野にまたがっており、中央アジア研究に今日も参照される貴重な遺産を残しています。

使い方・例文

中央アジア考古学や西夏文字研究の文脈で、カラホト発掘者としてコズロフの名が挙げられます。

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