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ピュロスとは?

ぴゅろす

ピュロスは古代ギリシアのエペイロス王で、優れた軍事的才能を持ちながら多大な犠牲を払った勝利から「ピュロスの勝利」という言葉を生んだ人物です。

ピュロス(紀元前319年頃〜272年)は、古代ギリシア北西部エペイロス地方の王です。アレクサンドロス大王の遠戚にあたるとされ、当時屈指の軍事的天才と称えられた指導者です。

ピュロスはマケドニア、エジプト、シチリアなど各地で激しい戦争を繰り広げ、その戦術的な巧みさで知られました。最も有名なのが南イタリアでのローマとの戦いです。紀元前280年と279年のヘラクレア・アウスクルムの戦いでローマ軍を破りましたが、両戦で自軍も甚大な損害を被りました。「もう一度このような勝利を収めれば、われわれは滅びる」と語ったとされるこの逸話から、「得るものより失うものの多い勝利」を意味する「ピュロスの勝利」という言葉が生まれました。

ピュロスの生涯と評価の特徴は次のとおりです。

  • 戦術的天才として古代から高く評価されたが、戦略的な長期展望には弱さがあった
  • マケドニア王位を複数回獲得・喪失するなど政治的運命も波乱に富んだ
  • シチリアに渡ってカルタゴとも戦うなど広範な活動範囲を持った
  • 最終的にアルゴスでの市街戦中に命を落とした

「ピュロスの勝利」という概念は今日でも政治・経済・軍事の分野で広く使われており、彼の名前は歴史よりもむしろこの慣用表現で知られています。

使い方・例文

「多大な犠牲を払ったその勝利はピュロスの勝利だった」のように、犠牲の大きすぎる勝利を表す慣用句として使われます。古代史の文脈でも登場します。

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