ナントの勅令とは?
なんとのちょくれい
ナントの勅令とは、1598年にフランス国王アンリ4世が発布した宗教的寛容令で、ユグノー(フランスのプロテスタント)に信仰の自由と一定の政治的権利を認めたものです。
ナントの勅令(なんとのちょくれい)は、1598年4月にフランス国王アンリ4世がナント(現在のフランス・ペイ・ド・ラ・ロワール地方)で発布した王令です。約40年にわたってフランスを荒廃させたユグノー戦争(宗教内乱)を終結させ、カトリックとプロテスタント(ユグノー)の共存を公式に認めた歴史的文書として知られています。
勅令の主な内容は以下の通りです。
- ユグノーへの信仰の自由と礼拝の権利を一定範囲で保障
- ユグノーへの公職就任権・大学就学権の付与
- 混合裁判所(カトリックとユグノーの双方が参加)の設置
- ユグノーが特定の要塞都市(ラ・ロシェルなど)を保有することの承認
アンリ4世はもともとユグノーの指導者でしたが、フランス王位継承のためカトリックに改宗しており、「パリはミサに値する」という言葉を残したとされています。ナントの勅令はその宗教的妥協の産物であり、ヨーロッパの宗教的寛容の先駆けとして評価されています。
しかし1685年、ルイ14世がフォンテーヌブロー勅令によってナントの勅令を廃止。これにより多くのユグノーが信仰の自由を失い、20万人以上がオランダ・プロイセン・英国などへ亡命しました。この「ユグノー亡命」はフランスの経済・文化に大きな打撃を与え、一方で移住先の国々に技術・知識・勤労の精神をもたらす結果となりました。
使い方・例文
「ナントの勅令は宗教的寛容の精神を体現した先進的な法令だったが、ルイ14世の廃止によってフランスは優秀なユグノーの職人や商人を大量に失った」のように、近世ヨーロッパ史の文脈で使われます。
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