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ティト(ヨシップ・ブロズ)とは?

てぃとよしっぷぶろず

ティトヨシップ・ブロズ)は、ユーゴスラビアのパルチザン指導者として対独抵抗運動を率い、戦後は長年にわたりユーゴスラビア連邦を統治した独自路線の社会主義指導者です。

ヨシップ・ブロズ・ティト(Josip Broz Tito、1892〜1980年)は、ユーゴスラビアの革命家・政治家・軍人です。クロアチア出身で、第一次世界大戦ではオーストリアハンガリー帝国軍の兵士として従軍しましたが、ロシア軍の捕虜となりロシア革命に接触しました。

帰国後は共産主義運動に身を投じ、ユーゴスラビア共産党の指導者として地下活動を続けました。1941年にドイツによるユーゴスラビア侵攻が始まると、ティトはすぐさまパルチザン組織を結成し、山岳地帯を拠点に激しい抵抗運動を展開しました。ドイツ軍やイタリア軍の掃討作戦を何度も生き延び、連合国の支援も獲得することに成功しました。

第二次世界大戦末期には、外国軍の直接介入をほとんど受けずに自力でベオグラードを解放したことが、戦後の政治的独立性を支えました。1945年にユーゴスラビア社会主義連邦共和国を建国し、終身大統領として君臨しました。

ティトの最大の特徴は、ソ連からの独立です。1948年にスターリンと対立(コミンフォルム除名)し、ソ連の支配に屈せず独自の「ユーゴスラビア型社会主義」を推進しました。また非同盟運動の創設者の一人として、東西どちらの陣営にも属さない第三の道を模索しました。1980年の死後はユーゴスラビアの統合が崩れ始め、やがて1990年代の紛争へとつながっていきます。

使い方・例文

「ティトは東西冷戦の狭間で非同盟路線を採り、ソ連にも西側にも与しない独自の政治を貫いた」のように、冷戦期の国際政治やユーゴスラビアの歴史を説明する場面で用いられます。

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