本文へスキップ

ジョン・チャールズ・フレモントとは?

じょん・ちゃーるず・ふれもんと

ジョン・チャールズ・フレモントとは、19世紀アメリカの探検家・軍人・政治家で、西部開拓時代にロッキー山脈やカリフォルニアへの探検を指揮し「道標者」と称された人物です。

ジョン・チャールズ・フレモント(John Charles Frémont、1813〜1890年)は、アメリカ陸軍の将校であり探検家・政治家です。精力的な西部探検によって「道標者(The Pathfinder)」の異名をとりました。

1840年代複数回の西部探検を率い、以下の成果を残しました。

  • レゴン街道やロッキー山脈の詳細な地図作成
  • グレートソルト湖周辺やシエラネバダ山脈の調査
  • カリフォルニアへの探検とメキシコ・カリフォルニア独立運動(熊旗共和国)への関与

1846年のメキシコ・アメリカ戦争ではカリフォルニアでの軍事行動を指揮しましたが、上官への反抗として軍法会議にかけられるなど波乱に富んだ軍歴でした。カリフォルニア州が合衆国に併合されると、同州初の上院議員のひとりに選ばれました。

1856年には共和党初の大統領候補として指名され、奴隷制拡大反対を訴えて選挙戦を戦いましたが、ジェームズ・ブキャナンに敗れました。南北戦争期には連邦軍の将軍を務めましたが、奴隷解放の先走り宣言をめぐってリンカーン大統領と対立しました。晩年は事業の失敗と財政難に苦しみ、アリゾナ州知事を務めたのち1890年に死去しました。

使い方・例文

アメリカ西部開拓史や共和党の歴史を学ぶ際に登場する人物で、探検家としての功績と政治家としての挑戦の両面が語られます。カリフォルニア州史でも重要な役割を果たした人物として記述されています。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語