ジャン・バティスト・セーとは?
じゃん・ばてぃすと・せー
ジャン・バティスト・セーとは、「セーの法則」で知られるフランスの経済学者で、アダム・スミスの経済学をフランスに広め、古典派経済学の発展に貢献した人物です。
ジャン・バティスト・セー(Jean-Baptiste Say、1767〜1832年)は、フランス・リヨン生まれの経済学者・実業家です。アダム・スミスの『国富論』をフランス語圏に普及させた功績が大きく、古典派経済学のフランスにおける代表的論者として知られます。
彼の名を不朽にした業績が「セーの法則(販路の法則)」です。これは「供給はそれ自身の需要を生み出す(Supply creates its own demand)」という命題で、財やサービスを生産するという行為そのものが購買力を創出するため、経済全体として生産過剰(一般的供給過剰)は原理的に起こりえないと主張したものです。この法則は19世紀の経済学の基礎的前提となりましたが、20世紀にケインズが有効需要の理論でその限界を批判し、経済学の大きな論点の一つとなりました。
主要著作『経済学概論(Traité d'économie politique)』(1803年)では、生産・分配・消費の三分法を体系的に整理し、のちの経済学の教科書構成に長く影響を与えました。また生産要素として土地・労働・資本に加え企業家(アントルプルヌール)の役割を強調した先駆者でもあり、現代の企業家論の源流の一つとされています。
政治的には自由主義・自由貿易を支持し、重商主義政策を批判しました。コレージュ・ド・フランスで教鞭をとり、晩年まで精力的に研究・教育を続けました。
使い方・例文
マクロ経済学の教科書で「ケインズが批判したセーの法則とは何か」という問いが登場したり、経営学で「企業家概念の起源としてセーが言及される」といった形で名前が出てくる。
この用語をシェア
最終更新: