ジャン・バティスト・クレベールとは?
じゃんばてぃすとくれべーる
ジャン・バティスト・クレベールとは、フランス革命戦争期に活躍したフランスの将軍で、エジプト遠征においてナポレオンの後を継いで軍を指揮した人物です。
ジャン・バティスト・クレベール(1753〜1800年)は、フランス革命戦争の時代を代表するフランス軍の将軍のひとりです。アルザス地方のストラスブール生まれで、建築の修業を経てフランス軍に入隊し、その才能を発揮しました。
フランス革命が始まると革命軍の将校として頭角を現し、特に1793年のヴァンデ戦争(反革命蜂起)の鎮圧や、オーストリア・プロイセンとの戦いで功績を挙げました。また同年のマインツ包囲戦にも参加し、勇敢な戦闘指揮で名を高めました。
1798年、ナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征に参加し、上エジプト方面の作戦を担当しました。1799年にナポレオンがひそかにエジプトを去って帰国すると、クレベールが残留フランス軍の指揮を引き継ぐことになりました。厳しい状況の中でオスマン帝国軍との交渉や戦闘を続け、1800年のヘリオポリスの戦いでは大軍を撃破する鮮やかな勝利を収めました。
しかし同年6月、カイロで休暇中にエジプト人の刺客に暗殺されました。享年46歳という早世で、フランス軍はエジプトにおける重要な指揮官を突然失いました。その死後もエジプトのフランス軍は戦い続けましたが、翌1801年についに撤退を余儀なくされました。
使い方・例文
ナポレオンのエジプト遠征を扱う歴史書や授業で、遠征後半の指導者として登場します。「エジプトを守り抜いた将軍」として評価される一方、ナポレオンに置き去りにされた悲運の人物としても語られます。
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