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カタリナ・デ・アラゴンとは?

かたりなであらごん

カタリナ・デ・アラゴンとは、スペイン王女としてイングランドへ嫁ぎ、ヘンリー8世の最初の王妃となった16世紀の人物です。

カタリナ・デ・アラゴン(1485〜1536年)は、スペイン国王フェルナンド2世とイサベル1世の末娘として生まれました。1501年にヘンリー8世の兄アーサー皇太子と結婚するためイングランドへ渡りましたが、アーサーは翌1502年に急死します。

その後、カタリナはヘンリー7世の次男ヘンリーと1509年に結婚し、イングランド王妃となりました。カタリナは敬虔なカトリック信者であり、教養も高く、スペインとイングランドの外交的な絆を体現する存在でした。夫ヘンリー8世が国政に専念する間、摂政として国内を指揮したこともあります。

しかしヘンリー8世が男子後継者を熱望したことで夫婦関係は変わります。カタリナは複数の妊娠を経験しましたが、成人まで育ったのはメアリー(後のメアリー1世)だけでした。1527年頃からヘンリーは婚姻無効を求め始め、カタリナはこれを頑強に拒否し続けました。

結果的にヘンリーはローマ教皇庁と決別してイングランド国教会を設立し、一方的に婚姻無効を宣言。カタリナは「皇太后」の称号さえ拒否し、正妃を名乗り続けたまま1536年に失意の中で亡くなりました。その毅然とした態度は後世においても高く評価されています。

使い方・例文

「カタリナ・デ・アラゴンとの婚姻無効問題が、ヘンリー8世によるイングランド国教会設立の直接的な契機となった」という文脈で歴史の教科書に登場します。

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