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エティオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世とは?

えちおぴあこうていはいれせらしえいちせい

ハイレ・セラシエ1世とは、エチオピア皇帝で、アフリカ統一運動の象徴的存在となり、ラスタファリ運動では神格化された人物です。

ハイレ・セラシエ1世(1892〜1975年)は、エチオピア帝国最後の皇帝であり、20世紀アフリカを代表する指導者の一人です。即位前の名はラス・タファリ・マコネン(Ras Tafari Makonnen)といい、1930年に皇帝に即位しました。

彼の治世における最も重要な出来事の一つは、1935〜1936年のイタリアによるエチオピア侵攻への抵抗です。国際連盟に訴えて世界に訴えかけたその姿は、アフリカ独立・抵抗運動の象徴として広く知られました。第二次世界大戦後にエチオピアはイタリアから解放され、彼は復位を果たします。

1963年にはアフリカ統一機構(OAU)の創設に尽力し、アフリカ諸国の独立と団結を訴えた先導者として国際的に高く評価されました。

一方、カリブ海発祥のラスタファリ運動では、ハイレ・セラシエ1世は神(ジャー)の化身、あるいはアフリカ人の救済者として信仰の対象とされています。レゲエ音楽を通じてその名は世界中に広まりました。

晩年は独裁的な統治への批判が高まり、1974年の軍事クーデターで廃位されました。翌年、拘禁中に死亡しています。

使い方・例文

「ハイレ・セラシエ1世はOAU設立を主導し、アフリカ諸国の連帯を促した指導者として現在も敬われています」のように、アフリカ近代史の文脈で登場します。

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